TA中の日本縦断

その1・北海道編
その2・東北編
その3・信州編
その4・完結編

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その2・東北編

8月7日 青森 ねぶた祭り 休息日
 昨日、青森駅に21時ごろに着いた。駅のホームから改札口に向かって荷物を3回に分けて運んでいる途中、浴衣姿の人たちが大勢駅に入ってきた。どうもねぶた祭りの帰りらしい。話によるとねぶた祭りは8月7日が最終日との事。明日ねぶた祭りを見ようか井伊と相談する。そういえば北海道から毎日走りずくめで疲れているし今日は休息日にする事にした。朝起きるとテントをたたんで、食事にする。その後、昨日風呂に入れなかったし、洗濯物がだいぶ溜まっていたので、銭湯とコインランドリー探しに出かける。銭湯はすぐに見つかるもののコインランドリーはなかなか見つからなかった。銭湯はまだやってなかったので、お昼にやるねぶた祭りの後に入る事にした。
 昼の1時からねぶた祭りが始まる。青森の駅前付近の公道を交通規制してビルの3階はあろうかという大きさのねぶたが2、30機ほど順々に通って行く。テレビのニュースで見るのよりもずっと凄い迫力だ。夜には青森湾で花火大会を行い、その花火をやっている横を船に乗ったねぶたが通り過ぎていくというなかなかこった演出が見られた。花火を見ているとき昨日の八巻の事を考えていた。八巻は井伊と自分との走りの質が違いすぎるからだと言っていた。(八巻はペダルを回して走る、井伊は、なぜか常にアウタートップで走る、そうすると2人の加速の仕方に違いが生まれて小さいギアを回して走る八巻には負担が掛かる。)しかし、八巻が膝を悪くした原因は自分にも原因があったのではないかと考える。
 実は日本縦断を始めるに当たって自分は夏の実業団レースをさぼって日本縦断に来ている、実業団レースとは仕事である。だからその仕事をさぼった分、日本縦断から帰ってきてからの秋の実業団レースでいままで以上の走りするか、レースで勝つなりの何らかの結果を出さなければならない立場にあった。自分ではかなり抑えているつもりであったが、もしかしたら八巻や井伊を自分のトレーニングに巻き込んでしまっていたのではないかと考える。くよくよしていても仕方ないと思い、「リタイヤした八巻の分までがんばって必ず走りきろう!」と決意する。今日、休息日にしたせいもあって自分も井伊も疲れが少しは取れたようだ。

8月8日 青森〜三戸 道の駅三戸 110km  井伊リタイヤ
 この日のコースの半分(青森〜十和田)は大学1年のときの夏合宿のコースと同じ道だった。懐かしくて井伊に自分が大学1年のころの話をした。今日、青森を出発してから10kmほど走ったころ井伊のペースがやけに落ちている事にきずく。「調子が悪いのか?」と聞くが井伊は大丈夫だと言う。井伊の体調を気遣い、今日は先頭交代のローテーションを行わないで、全て自分が引いてやることにした。我々はいつも自転車で走る時、先頭を走る人間は空気抵抗を多く受けてつらいので、ローテーションを組んで先頭交代を行っている。しかし、その甲斐むなしく昼食後の休憩中に井伊からリタイヤ宣言が出てしまった。理由は「テント生活が辛い。こんな生活が何十日も続くのかと思うと耐えられない。」との事であった。
 井伊の気持ちも分からなくもない。たしかに寝袋でのテント生活が何日も続くと辛いものがある。食事も旅費を最大限安く上げるために量は多いが質素なものである。特に井伊は1人暮らしでないから一昨日まで3人でワイワイやっていたのに八巻がぬけて寂しくなったせいもあって孤独に感じて辛かったのかもしれない。それに加えてまだ日本縦断の半分も終わってないし、サークルの夏合宿にも出ると思うとさらに辛かったのだろう。しかし自分としては井伊にはもう少しがんばってもらいたかった。自分はリタイヤした八巻の分までがんばろうって思ってたし、井伊がテント生活が辛いって言ってリタイヤしたら俺は1人でさらに孤独で辛いテント生活を送る自分はどうなるんだって事を考えてもらいたかった。
 この日は道の駅三戸で泊まる事にした。道の駅三戸に到着してすぐにヤンキーというかちょっと悪っぽい高校生がジュースを差し出しながら話し掛けてきた。なんでも話を聞くと高校の仲間三人でこの夏休みを使って自転車で旅をしているらしい。一日に走る距離は大したものではなかったが、彼らは彼らで楽しそうであった。その外見とは裏腹にまじめな印象を受けた。世の中にはいろんな人がいるもんだと感じた。ジュースのお返しにゆでとうもろこしをおごる。

8月9日 三戸〜水沢 水沢公園 170km
 朝食後、井伊に別れの言葉を告げ別れる。とうとう1人になってしまった。ここから先が辛くなってくるところだ。どうも標識によると東京まで毎日160kmペースで走れば4日で着くらしいということが判明。そろそろ旅に疲れてきたので日本縦断前半を早めに終わらせようと思って実家の水戸まで3日で走りきる事を決める。この日は曇りのち雨のち曇りという不安定な天気だったが、そんな事もお構いなしに走り続けた。
 今日の泊まる予定の水沢公園についてびっくりした。もの凄い大規模な公園で文学的、歴史的人物ゆかりの場所だった。この日の夕飯はめんどくさかったので茹でるだけですむスパゲッティにした。

8月10日 水沢〜宮城県山本町(仙台から20kmほど南の所) 150km
 朝、出発して1時間ほどで平泉・中尊寺金色堂につく。ちょうど入り口であった自転車乗りと一緒に中に入る。入館料が馬鹿に高かった印象が強い。金色堂は本当に教科書に載っているまんまといった感じだった。
 またこの日もひたすら走り続けた。大都市は車が多くてどうも好きになれないので仙台は観光もせずに通り過ぎた。自転車が安物である事と荷物が1人で全部持っていることもあってスピードが20〜23kmぐらいしかでない。40kmがやたらと長く感じる。
 この日はもう少し走りたかったが、時間がなかったため、適当なところで切り上げた。町の中を走って銭湯を探すが全くある気配がしない、それどころか人すらあまり歩いていない、激しく嫌な予感がした。とりあえず、歩いているおばちゃんに話し掛け銭湯の場所を聞いてみると案の定この町には銭湯はないと言う。しかしこの後、おばちゃんがショックを受けている自分になんと親切な事に家のシャワーを浴びていかないかと誘ってくれた。結局この親切をお受けすることになったのだが、正直この時自分は迷っていた、なぜならこの旅を始めるに当たって生死に関わる事意外では人には極力頼らないと自分で決めていたからだ。しかし、そんな考えも疲労しきった自分の体を前には嘘をつけず親切に甘えてしまった。情けない。そして親切なおばちゃんありがとう、と心から思った。
 その後、近くの公園で大量の蚊に襲われながらキャンプをした。

8月11日 宮城県山本町〜水戸 実家 210km
 この日は雨を警戒して早くでようと朝4時から身支度を始める。朝6時いつもより2時間ほど早く出発するがその甲斐むなしく、走り始めてから1時間後には雨が降り始める。結局、日立の手前まで雨に降りつづけられてしまった。日本縦断の中でもこの日より厳しい日は、ほとんどなかったと思うほど辛い一日だった。この日の走行時間は10時間ぐらいであった。
 実家に着いた。これで実質、日本縦断前半の終了だ。八巻と井伊に無事前半終了したとの電話をかける。

8月12日 水戸 実家 休息日
 この日は自転車の洗車、洗濯落をすませた後一日ぼーとして過ごす。

8月13日 水戸〜東京 150km
 この日のコースはもう何回も往復しているのでコースも完璧に頭に入っている。そのためか気軽に走っていけた。途中、埼玉の東大宮にある大学の部室による。テントとか自炊セットとか夏合宿までいらない物を置いていく。これだけでも、かなり軽くなって巡航速度が3kmは上がった。
 15時ごろ東京の下宿に着く。下宿に置いてあるロードレーサーを見てついニヤニヤしてしまう。東北から早めに帰ってきた理由の1つに早くロードレーサーに乗りたいっていうのがあったからだ。明日からサークルの夏合宿までしばらくロードレーサーに乗れると思うと嬉しくてたまらなかった。


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