88歳の僕の愛するベルナールじいさんのドライブテクニックは、セナ並だ。それもそのはず、若かりし頃から、キャンピングカー工場で働くかたわら、50年前の初開催ツール・ド・フランスを始めとして、大会役員を務めながら、同時に多数の選手の世話役としてヨーロッパ中を、愛車とともに、かけ巡ってきたのだから。 そして、この3年間は、フランス北部ノルマンディー地方の小さな町「オマール」に滞在する僕ら兄弟を始めとする数人の日本人の活動を影で支える。彼のサポート内容は、レース会場までの送迎、レーススケジュールのアドバイスと、レースエントリー手続き。そして、心身共に支える父親のような存在だ。 レース当日、予定のきっかり15分前に、土煙をまきあげながら、回戦を告げるファンファーレごとく、クラクションをがなりたてて、わが大将はやってくる。日課となった農家のおばさんモニックの心落ちつくカフェを早々に飲み干し、ベルナールと熱いビーズを交わし、出発。20年ものの純白メルセデスは、田園風景の中どこまでもまっすぐ続く片道100km〜150kmの道のりを、平均100km/hで快調に走りぬける。昨年ついに、ギアが完全に摩耗したために、3速が使えなくなった。しかし、熟練のドライバーは、2速から4速への飛びチェンジで、対向車との間合いを計りつつ、絶妙なタイミングで、次々と登り坂でも前ゆく車を抜き去る。抜かれた側は、何食わぬ顔でハンドルを握る白髪の老人と、ニコやかに会釈する助手席の異邦人のコンビに再度驚く。 車中では、僕をほめあげ、おだて自信づける。おして、細かいレース中のアドバイスを与える。そして、きっかりスタート1時間前に、バナナを食べるようにうながす。 レースが始まると、組み立て椅子はいつもトランクの中に置き忘れ去られ、雨の中でさえ、立ちつくして、彼は応援し続ける。そして、帰りの道の中では、足をさすりあって、寒くないかとお互い相手を気遣う。 ●ベルナールを支える人々 レース会場が遠すぎたり、夜遅くに行われるクリテには、フランクモレール(90年仏チャンピオン、今年エリート2勝、兄と共にノージョン所属)や兄が連れていってくれる。頑として自分が僕を連れてゆくと言い張るベルナールも、「僕はまだ36才だよ」とフランクに穏やかに言われると、返す言葉がない。 フランクの車の助手席で、高速道路の便利さに驚くベルナール。しかし、彼のこよなく愛する何十年来彼の通り慣れた田舎道は、時間こそかかれ、美しい湖や古城が随所に見られ、あきることはない。週末ごとにデートを楽しむ恋人同士のような幸福な時間が過ぎる。ただし、まずいナビゲートで道に迷い、僕の顔めがけて地図が飛んでくるまでは…。 こうして、異邦人である僕らを、家族同然に受け入れてくれる人々は、ひたすら僕らの自転車競技での成功を祈って支えてくれる。僕はそれに成績でこたえるしかない。 | ||||||